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第1回 紅葉祭を斎行

冨士浅間神社、初の紅葉祭・献茶式を斎行

去る11月2日、当社・富士山東口本宮 冨士浅間神社では初めて紅葉祭を斎行した。

当社の祭典において、秋の祭典は関係者だけで斎行する新嘗祭だけであったため、地元の方が参加出来る祭典として企画がなされた。
また、神社の広報活動としても位置付けられ、とくに地元の方を中心に宣伝を行った。

紅葉祭はこの日の催しの総称であり、神事としては亭主・外川宗博氏により献茶式は斎行された。
外川氏には富士山須走口開山式前夜祭でも茶会を開いて頂いており、予てより献茶式についての話が氏子青年会と一緒に挙げられていた。

当日は天気が不安定であったものの、最終的には一時的な雨を被るだけで済むこととなった。

しかしながら、肝心の紅葉が皆無にも等しいもので、「紅葉を楽しむ」というよりは「紅葉を探すのを楽しむ」といった趣となってしまったことが、今回の大きな反省点の1つとなった。

扨、当社では献茶式も初の試みであったが、無事に執り修める運びとなった。祭典には神社役員総代・氏子青年会・社中の方々のほかにも、地元関係の方を御来賓としてお招きし、総勢約30名の御参列の下に斎行することが出来た。

祭典は午前11時から始められ、終了後には引き続いての野点茶会が午後2時より浅間の杜・あずまや(境内林内)にて催された。

このほか、午後2時からは下記の露店がそれぞれ催された。

「縁むすび」販売(神社・神社役員総代(氏子会))

御祭神・木花咲耶姫命の御神徳の1つ・縁結びと、おむすびを掛けたもので、毎朝の神様への献供物であるお米とお塩を使い、御神木の落ち枝などを使用して釜と境内の御神水で炊き上げたご飯にて用意したおむすびである。

縁結びと塩むすびも掛かっており、巻紙は願い事を書く短冊にもなっていた。
縁むすびは好評を博し、当初は2回だけ炊き上げる予定であったものの、急遽3回目も行うほどであった。

又、合わせて御神酒の振る舞いも行われた。

「不二山須走おでん」販売(氏子青年会)


氏子青年会では、地区で動いている町づくり運動に精力的に参加しており、このおでんは須走のB級グルメ作り・提案として企画された。
氏子青年会の会員である居酒屋・まるやすの方にも御協力を頂き、紅葉祭当日にお披露目となった。

須走の特産品の1つ・山椒を使用した味噌による田楽おでんであり、今回は先ずはこんにゃくが登場した。

多くの方々からピリリッ!と効いた山椒味噌が好評のお言葉を頂き、お酒のお供に合うとの意見があった。

「宮城県復興 物産展販売」(氏子青年会)

氏子青年会と深く連携・協力する小山町消防団第7分団においては、先の東日本大震災の復興支援活動の折からの御縁を頂き、その関係から氏子青年会とも交流があり、昨年の例大祭には東松島・大曲浜獅子舞保存会による演舞も行われた。

今回は、復興支援活動の一環として復興物産店が催され、多くの方が当地所縁の品々を購入していた。

「復興もちつき大会」(氏子青年会)

物産展に続き、同じく所縁のある東北・高橋和蔵氏が丹精込めて育まれたもち米を使ったもちつき大会が催され、とくに子供を対象に多くの方が参加された。

昨今、なかなかにもちを自分でつく体験がない中にあって、子供たちもどきどきしながらも、氏子青年会に教えられながら貴重なもちつきの経験をした。親御様や地元の方々からも、日本の伝統行事に参加出来る場についてのお褒めの言葉を頂いた。

また、ついたおもちは配布され、それぞれにきなこなどで召し上がられた。
尚、このときには無料ではなく、復興義援金の協力をお願いする形でお渡ししていき、多くの方に御協力を頂いた。

「ガンマンゲーム(射的)」(須走・下本町子ども会)

縁日さながらの射的屋台が設けられ、多くの子供たちで賑わった。
5月の例大祭を含め、こうした参加型の露店は設けられる機会が少ないため、子供たちに人気を博すこととなった。

これらの茶会・露店は夕方まで行われ、午後5時からは神社の照明設備と小山町観光協会御協力による竹灯籠によるライトアップが行われた。

滅多にない機会であるため、多くの方に興味を持って頂き、お褒めの言葉を多数頂いた。
とくに観光協会による竹灯籠は開山式前夜祭でも好評を博したものであり、今回はさらに強化されてのお披露目となった。

午後7時過ぎにはライトアップは終了し、合わせて第1回紅葉祭は終わりを迎えた。

また、紅葉祭に当たっては地元で行われる須走地区文化祭とも連動した企画が用意され、神社も抽選会のスタンプラリー・ポイントとなった。
結果、紅葉祭も文化祭も予想以上の盛り上がりを見せ、ともに成功として執り終えることとなった。

来年の第2回については、現在も引き続いて開催の方向で進められ、反省点をしっかり検証し、本年以上の盛り上がりとなるよう努めていきたい。

最後に、御協力を頂いた神社関係者の皆様、氏子会・氏子青年会の皆様、社中の皆様、須走支所・町担当職員の方々、地元ボランティアの方々、そして、御参集頂いた皆様に、心より感謝と御礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。

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神嘗奉祝祭、御斎行

神嘗奉祝祭、無事に御斎行。

去る10月17日、当社では伊勢神宮で斎行された「神嘗祭」を奉祝する祭典「神嘗奉祝祭」が、役員総代・氏子青年会御参列の下、滞りなく無事に斎行された。

神嘗祭とは、伊勢神宮と皇居にて行われる祭祀である。
今年で初めて取れた稲=初穂を、伊勢神宮の御祭神かつ皇室の祖先神である天照大神に奉献するべく、伊勢神宮と皇居にて執り行われる祭典である。

神嘗奉祝祭とは、斎行される神嘗祭をお祝いするための祭典であり、神嘗祭に合わせて全国の神社で斎行される。
当社では、役員総代・氏子青年会の総勢12名が参列した。

先ず、社務所講堂にて修祓・お祓いを行った後、参道を参進。上手水舎下の池の畔にて、伊勢神宮の方角を向き、宮司が遥拝詞を奏上した。その後、全員で遥拝・拝礼を行い、社殿へと進んで祭典を斎行した。

伊勢神宮では、10月5日に第62回式年遷宮・遷御の儀を斎行し、遷宮関連事業の節目を迎えた。
遷宮の影響から、既に伊勢神宮には1000万人の参拝者が確認されている。

また、本年は伊勢とともに出雲大社でも平成の大遷宮が斎行され、さらに富士山が世界文化遺産に登録された佳節とも言うべき年である。

この御縁を戴きながら、当社だけではなく、神社や神社界の発展に努めて頂くことが、大きな神明奉仕となる。
ぜひ、ご覧になられている方々に於かれても、地元神社の護持発展にお力添えを頂ければと思う次第である。
プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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