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節分祭・紀元祭を御斎行

節分祭、氏子青年会主催により御斎行

去る2月3日、当社では日本伝統文化の1つに繋がり深い「節分祭」を斎行した。
他の祭典の多くは神社や役員総代により執り進められるが、節分祭は氏子青年会が担当する。

当日正午すぎには氏子青年会会員が続々と参集し、豆撒きに使用するお菓子や餅の準備が進められた。
祭典は午後4時半から社殿にて行われ、役員総代のほか氏子青年会、そして主に氏子を中心に年男年女の方々が多く参列した。
祭典は滞りなく進み、祭典終了後、午後5時からは豆撒きが盛大に行われた。
小さい袋に詰められた豆のほか、お菓子や焼印が押された餅も袋詰めにされ、宮司や年男年女の方々が多くの方に福が行き届くように、力いっぱいに投げ配られた。
豆撒きは5時半前に終了した。

この節分祭は氏子青年会の大きな行事の一つであり、毎年緻密な下準備により斎行される。心より御礼を申し上げたい。

また、このほか社務所前には神社からミニ餅が準備され、こちらも多くの方が持ち帰られた。

須走地区では、この節分の日には伝統的な風習がある。
家族の長・家長が神社に上がり、社殿や末社などに豆を撒いて鬼=厄を祓うのである。
家長のほか、家族連れで来た方は子供が豆を撒き、須走の伝統行事に触れている景色も見られた。

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紀元祭、御斎行

昨日2月11日、建国記念の日であるこの日には全国の神社同様、当社でも日本建国を祝う「紀元祭」を斎行した。
紀元祭とは神社での名称であり、また戦前まで建国記念の日は「紀元節」と呼ばれ、いまと同様に国民の祝祭日であった。

紀元祭には役員総代・氏子青年会が参列し、厳かのうちに祭典は執り修められた。

古典「日本書紀」では、この日に神武天皇が橿原の地にて初代天皇に即位されたとされ、この日を以て日本が建国されたのである。
現在、暦には元号=和暦、西暦が一般的に使われているが、神武天皇即位を起源とする「皇紀」という暦も存在し、本年平成26年は、皇紀2674年となる。

この日は先日の大雪の残雪がまだ多く、とくに社殿屋根などに積っていた雪が落ちるなどして、各所で道が塞がれるなどしていた。
祭典に先立ち準備のために参集していた氏子青年会により、これらの雪は速やかに撤去され、時間通りに祭典を始めることが出来た。
この場をお借りして、改めて御礼を申し上げる次第である。

また、この日は祝祭日であるので須走本通りに国旗が掲揚される日であったが、残雪・除雪状況により今回は止む無く中止となったこと、御理解をお願いしたい。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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