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富士山須走口 開山式の斎行

去る7月10日、小山町観光協会主催により、富士山の登山道の1つ・須走口の開山式が、小山町・須走地区それぞれの関係諸団体御参列の下、午前10時より当社社殿にて斎行された。
祭典前には富士山まつりとして、須走小学校児童などによって須走本通りでパレードが行われ、その中には須走旅館組合によるかつての富士講の一団に扮した団体が、「六根清浄、御山は晴天」の掛け声とともに太鼓を叩きながら加わり、社殿前にてお祓いを受けた後、須走口五合目・古御岳神社へと向かって行った。

従来は7月1日に必ず行われていた祭典であるが、今年は静岡県の行政施策の一環として、10日に繰り下げての斎行となった。
繰り下げることになった大きな理由は、「7月1日での開山式をしても、残雪により頂上まで登ることが出来ないことがよくある。そのため、その間にも多くの問い合わせがあることから、残雪がほとんどないだろう10日に開山式を行えば、そのような式と登山開始の間の空白の時間は無くなる」とのことであった。
当初は、静岡県の須走口・富士宮口・御殿場口、山梨県の富士吉田口・河口湖口の5つの登山道すべてが統一して開山式を行う予定であった。
その後、富士山の世界遺産関係の作業部会によりあれよあれよと二転三転し、気付けば山梨県との統一はおろか、静岡県でも須走・富士宮では10日、御殿場では1日と足並みが揃わないこととなった。
そして、肝心の富士山でも頂上付近は残雪が多く、10日の開山での須走からしか頂上に登れないこととなった。

結果的には、1日でも10日でも富士山を登ることが出来るのは一部の登山道であり、従来と変わることはなかった。
そればかりか、新聞やテレビなどでも報道されている通り、混乱ばかりが先行してしまい、それを地元のせいと言うようなメディアも存在した。
本来の富士山開山の日は7月1日であり、日本全国の多くの山々でもこの日に開山が行われる。
さらに、富士山が世界文化遺産に登録された段階では、やはり7月1日こそが開山式であった。
文化と伝統を重んじる世界文化遺産となったからには、やはり行政にはその立場と観点を以て諸施策に挑んで頂きたいところである。
当社は神社としての使命の1つである、日本の文化・伝統の護持、そして後世に伝える立場にあるからこそ、7月1日の開山を大切していきたいと考え、その結果として7月1日には開山奉告祭を斎行した。
どうか、皆様に於かれても富士山本来の在り方、そして文化・伝統という在り方に注目して頂ければ、有り難い限りである。

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不二山開山奉告祭 並びに 不二山心願成就祭

去る7月1日、当社では富士山の世界文化遺産登録1周年を記念するとともに、本来の富士山開山日である1日の伝統を守る立場として、不二山開山奉告祭、そして不二山心願成就祭を午前11時から、神社役員、地元小学校・中学校の御代表、参列を希望された一般の方の御参列の下、厳かに斎行された。

先ず、不二山というのは富士山の当て字の一つであって、当社では表鳥居に掲げられており、当社の象徴の1つである。
鳥居に使われている文字は、江戸期に富士講の先達が当社に寄贈された書面・文字を復元して使われているものであり、同様の筆跡のものである。
文字の意味するところは、二つと不い(無い)山=それほどまでに美しく素晴らしい山が富士山であることを指している。
ほかにも活火山を意味して煙が尽きないことを指す「不尽山」、死なない山・永久の山・不変を指す「不死山」などの当て字が多く存在する。
須走口の起点となる当社の象徴の1つとしてこの文字が使われていることが理由の1つとして、須走口登山道に存在する山小屋の一部では、富士山ではなく不二山として焼印を押されるところもある。

次に、開山奉告祭というのは、行政による開山を控え、神様に開山・登山道を開くことを奉告し、開山期間の登山者の登山成就と安全無事、山小屋など富士山で生活を営む方々の安全・発展を祈念する、神社において斎行する祭典である。
従来の開山式では、夏越大祓に使用した茅の輪をもう一度使い、身を浄めて参道を進むべく茅の輪潜りが行われてた。10日の開山式では茅の輪が枯れてしまって使用出来ないことからその神事は行わないとされていたため、開山奉告祭では祭典前の修祓を茅の輪の前で行い、その後社殿に移動して祭典を斎行した。
例年行われている開山式も趣旨は同様のものであるが、そちらは小山町観光協会主催かつ行政の意向を受けて斎行される祭典である。
本年は、静岡県の意向により従来・本来の富士山開山の日である7月1日から、7月10日へと繰り下がることとなった。
理由としては、「開山式をしても残雪が多く、頂上まで登れないことがあるので、それを見越して繰り下げる」とのことであった。当初は静岡山梨両県・全登山道が統一して10日にするとしていたが、蓋を開けてみれば山梨は1日、静岡でも御殿場・須山では1日に開山式が行われた。
さらに、10日を迎えても本年の2月の大雪影響などから頂上付近は残雪が多く、10日段階では御殿場口・富士宮口では頂上まで開通していないという事態も発生した。
これでは結局、従来通りに1日開山式のときと変わらない状況で、何のために移動したのか分からない結果となった。
そればかりか、全登山道が統一されなかったことから、トイレの問題などを中心に報道でもあれこれ言われる始末である。
今後の行政の対応を待つばかりであるが、改めて原点に立ち返っての対応をお願いしたいところである。

次に、心願成就祭である。これは、不二山という「2つとない」「唯一無二」「(日本で)1番」というところに着目し、「いま自分が1番頑張りたいこと」「1番叶えたいこと」など、1番に関わる願い事(心願)を書いた「不二短冊」を神様に奉納し、叶えて頂く(成就)ようお願いをする祭典である。
こちらは本当に初の試みとなる祭典であり、時間等の準備不足から多くの懸念があったものの、地元・須走小学校の児童や須走中学校の生徒の御協力を頂き、さらには参拝者の御奉納を多数頂くことで、多くの短冊が集められた。
不二短冊はその後御神前に供えられ、7月7日・七夕に合わせて社殿に竹笹に括られて飾られた。
7月14日現在は、先日の台風のために濡れてしまったので乾かしているが、その後社殿周囲に再度飾りつける。

不二山開山奉告祭と不二山心願成就祭は、8月31日という本来の富士山閉山の日にそれぞれに対となる祭典・不二山閉山奉告祭と不二山報恩感謝祭を斎行する。
神社公式ホームページやfacebook等で案内していくので、ぜひ御予定がつくようであれば足をお運び頂きたい。
尚、不二短冊は開山期間中は募集しているので、御用命の方は社務所までお尋ね頂きたい。

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夏越大祓・不二山おやま開き前夜祭 斎行・開催

去る6月30日、全国の神社でも斎行されているように、当社でも今年の上半期の間に、自らが知らず知らずの間に犯してしまい、積もり積もった罪・穢れを祓う神事・夏越大祓を斎行した。
当日は、神社の役員総代・氏子青年会のほか、訪れていた参拝者の方が加わっての斎行となった。
先ずは、午後4時から社殿にて祭典を行った後、神門下に設置された茅の輪の前へ移動し、こちらで一般の方は合流した。
神職から各位に切麻(きりぬさ)・人形(ひとかた)が配られた後、神職による大祓詞奏上に耳を傾け、心を集中した。
奏上後は、人形を手にとって全身を隈なく撫でることによって、調子の悪いところなどを人形に移し、息を三度吹きかけて自身の分身とするのである。
そして、切麻を右手で少し手にとって自らの左に撒き、もう1度切麻を少し手にとって自らの右に撒き、最後にもう一度切麻を手にとって左に撒くことで自らの厄・罪・穢れを祓うのである。
その後に人形は回収され、神職により人形・神職・参列者を祓った後、白布を八つ裂きにする儀式を行った。
そして、神職の先導により茅の輪を8の字に三回潜った。
一般的に、潜る際には「みなづ水無月の 夏越の祓ひ する人は 千歳の命 延ぶといふなり」と唱えた後、「蘇民将来・蘇民将来」と唱えながら潜る。
しかし、当社で大祓式の際に潜る場合には、かつての富士講の人々に肖って「六根清浄・六根清浄」と唱えながら潜るという違いがあるが、いずれも間違いではない。
茅の輪潜りが終わった後には、神職の手によって集められた人形は信しげの滝(当社境内を走る滝)で流され、罪・穢れが海の彼方へ流され、祓われることが祈られた。

合わせて、午後4時からは氏子青年会主催により「不二山おやま開き前夜祭」が開催された。
後日改めてその正当性などを筆者個人の立場で記させて頂くが、今年の富士山登山道須走口の開山式は、行政指導・都合により7月10日へ移動となった。そのため、本来の山開きの日である7月1日の前夜・6月30日に開催されていた前夜祭も、日にちの変更などが検討され、さらには行政への配慮・苦慮がなされた結果、従来通りの6月30日開催となったものの、名前を一部変更して「不二山おやま開き前夜祭」となった。
この場をお借りして、氏子青年会の皆様には多くの詮議と御厚情を頂いたこと、厚く御礼を申し上げたい。

内容は、従来通りのものとなったが、富士山世界文化遺産登録記念として盛大に行われた昨年よりは若干の規模縮小・本来の規模での開催となったが、東北・東松島の方々の協力と出店が出されたほか、多くの地元の方、氏子青年会員の方の御協力を頂き、多くの出店が立ち並び、講堂ではお茶のおもてなしと琴の演奏が行われるなどして、終始例年以上の賑わいを見せた。
とくに、最後の福もち撒きでは、例年以上の賑わいを証明するが如くの、小学生はじめ多くの地元の方々がお見えになられ、餅まきの時間を楽しんでした。

当初は平日開催ということもあって人の入りが心配された前夜祭ではあったが、終わってみれば昨年に負けない大盛況ぶりであり、前夜祭がこのい須走地区にしっかりと根付いたことを確認出来る日となった。
当日に御参集頂いた一般の方は勿論、準備・運営をなされ、地元に根付く神賑行事を築かれた氏子青年会の皆様に、深く感謝を申し上げる次第である。

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プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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