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7月斎行祭典の御報告

【不二山 開山奉告祭・心願成就祭を御斎行】

去る7月1日、当社ではかつてからの富士山山開きの日であるこの日、氏子総代参列の下、開山奉告祭・心願成就祭を合わせて斎行した。
これは、10日の開山式(小山町観光協会主催)に先立ち、東口=須走口に関係する登山者や山小屋業の方々の安全無事と、須走口の麓の人々=氏子の繁栄を祈念する祭典である。

富士山が世界文化遺産に登録されたその年までは、富士山の山開き=開山式は昔からの慣例により7月1日に斎行されていたが、登録から1年たった去年、そして今年は7月10日に開山式が行われた。
神社は、御先祖様方より繋いでこられた文化伝統を保守し、後世に繋いでいく立場である。また、祭典の日をむやみやたらに動かすことは、神事として好ましいことではない。何より、それまではその日を以て祭典・文化を成してきたのであり、地元からは反発の声が挙がっているのが実情である。
そこで、当社では先述した通りに文化伝統を守ることを重要視し、小山町観光協会=行政主催の開山式に先立ち、地元・氏子のための祭典として、昨年より7月1日に開山奉告祭を斎行することとなったのである。
神社主催による開山奉告祭、観光協会主催による開山式、ややこしいこともあるものと思うが、ぜひ文化伝統、とくに神事についての御理解と御協力を頂ければ幸いである。
実際、もとより1日では無い日に開山式を行う富士宮市・浅間大社は別として、須山口・須山浅間神社、御殿場口・新橋浅間神社では古来通りに7月1日に開山式が行われている。
観光協会の言う通りに7月10日に開山式を行うのではなく、須走口としてもやはり、神社そして氏子の象徴である富士山の伝統ある日・7月1日に開山式を行いたいと思う次第である。

又、開山奉告祭と合わせて、心願成就祭を斎行した。
これは、開山奉告祭同様に昨年から斎行している祭典であり、今年で2回目となる。
鳥居にある不二山にあやかり、「いま1番頑張りたい願い事」を不二短冊に記して頂き、神様に叶えて頂くべくお願いをする祭典であり、不二短冊は参拝者の方をはじめ、地元の須走中学校・小学校・幼稚園・保育園の生徒児童からも募集させて頂いている。
祭典中に御神前でお祓いした後、7月7日・七夕に境内竹笹に短冊の吊下げを実施した。
その後、葉が落ちる頃合いを見計い、社殿欄干への移動・引き続いての吊下げを実施している。

不二短冊は、富士山の山開き期間中は募集をしているが、最終日は8月30日となる。翌31日=古来からの閉山の日であるこの日に短冊の焚き上げを行うに伴い、閉山奉告・神恩感謝の祭典を斎行する。
それまでは随時、社務所にて不二短冊奉納(初穂料100円)をお願いしているので、御用命される方はそちらまでお尋ね頂きたい。

DSCN0945.jpg DSCN0946.jpg DSCN0936.jpg 移設後




【平成27年 富士山須走口開山式 御斎行】


去る7月10日、小山町観光協会主催に依り毎年恒例である富士山須走口登山道の開山式が斎行された。祭典には、地元・須走の関係団体はじめ小山町の各種団体の御参列頂き、諸事滞りなく斎行された。
この祭典では、山開き中の登山道の利用者や山小屋業の方々、ひいては須走口を戴く小山町の発展を祈念する祭典である。
前項・開山奉告祭でも述べた通り、古式・従来は7月1日に斎行されていたが、昨年より10日へと移動・斎行している。

尚、開山式の移動について、主たる理由として挙げられるのは、1日よりも10日に開山したほうが残雪の影響を受けにくく、頂上に至り易いという発想の元である。又、平成の御代に入ってからの統計的にも、可能性が高いからという理由によるものであった。
行政的発想としては承知出来る内容であるが、富士山は神様の山であり、信仰的価値が認められたからこそ世界文化遺産に登録されたのである。これが、1年経ったら違う日に移動します、というのは信仰的価値を蔑ろにしていると言わざるを得ない。
その意味で、先述もしたが、富士宮市を除けば裾野市須山・御殿場市御殿場・山梨県富士吉田市・同河口湖は7月1日に開山式を斎行しているのである。
当社としては、多少の混乱があることも覚悟の上で、苦肉の策として7月1日に開山奉告祭を斎行したが、やはり理想なのは開山式・開山祭として7月1日に斎行し、6月30日に前夜祭を斎行することである。
ぜひ地元の方々はじめ文化伝統や富士山に想いを馳せる方々からの意見を頂戴し、元ある形へと戻していきたい所存である。

又、開山式に先立ち、地元・須走旅館組合様の扮する富士講一団のお祓いを行った。これも毎年の行事であり、開山式前後に行われるパレードの一環でもある。
古式の通り、神社にてお祓いを受けた旅館組合の一団は、その後須走口五合目へと移動し、古御岳神社への参拝を行った。

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平成27年 開山式前夜祭 開催

去る6月30日、当社では夏越大祓の後、氏子青年会主催「開山式前夜祭」が開催された。
前夜祭という名前ではあるが、祭事・神事は無く、7月1日(本来の富士山の山開きの日)の前日に山開きをお祝いするためのお祭り事として開催されている。

夕方5時から出店が始まり、焼き鳥屋やおもちゃ屋の出店が並ぶ中で、神社では祭事のときの恒例となりつつある「縁むすび」を、氏子青年会では「つくね」「わたがし」を販売し、前夜祭に華を添えた。
又、社務所講堂でも恒例の催しとして、無料で参加出来る「お茶会・琴の演奏」が行われた。とくにお茶の先生・亭主は秋の紅葉祭でもお世話になる外川宗博様であり、貴重な和の文化に触れようと多くの方が足を運び、抹茶や和菓子に舌鼓をした。

夕方6時半には、締め括りとして「福餅撒き」社殿前にて行われた。「夏越大祓で身を清め、本来であれば明日からの富士山山開きですので、お餅を撒いて山開きをお祝いして、そのお餅やお菓子で皆さんがも無事に過ごせることをお祈りします」との氏子青年会長の挨拶の後、宮司や氏子会長らにより福餅が撒かれ、集まった子供たちがお餅をもらおうと大声と笑い声をあげていた。

氏子青年会の皆様には、開山式の関係(1日なのか10日なのか、前夜祭は30日なのか9日なのか)などで多大な御迷惑を昨年より掛けているが、昨年に引き続いて本年も無事に開催されたことを、有り難く思う次第である。
又、お集まり頂いた皆様にも、感謝を申し上げる次第である。

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平成27年 夏越大祓を斎行

【夏越大祓 斎行】
去る6月30日、当社では夏越大祓を斎行した。
これは、1月から6月までの半年の間に、自身が知らず知らずのうちに犯してしまった罪や穢れ(気枯れ)を祓い、翌日7月1日からの半年間を無事に過ごせるようお祓いするための神事である。
全国では多くの神社で斎行されるほか、神社によっては当社と同じように茅の輪を作り、これを∞の字に潜り抜ける「茅の輪潜り」も合わせて行う。

当日は、氏子総代や氏子青年会のほか、多くの一般の方に御参列頂いた。
式の流れは、先ず神職・氏子総代・氏子青年会の神社関係者のみで社殿にて祭事を斎行する。
その後、神事を執り行うべく神門下に設置された茅の輪の前まで移動する。
茅の輪の前で、先ずは大祓詞を参列者に向けて奏上する。これは、自身が身を清めるために奏上する祝詞であるため、神様の方向を向かずに、自分たちに言い聞かせるべく神職は参列者の方向を向いて奏上するのである。
大祓詞奏上が終わると、次は人形の儀である。
これは、参列者に配布された人形(ひとかた・人の形をした半紙)を持ち、全身を撫でる。このとき、とくに気になる箇所(例えば、右ひじが痛むなら右ひじ)を重点的に撫でたりして、終わったら人形に息を3回吹き掛ける。これにより、人形に自分の罪穢れを移すのである。
そして引き続いて、切麻(きりぬさ・神社で使うお祓いの道具、麻紐や半紙を細かくちぎったもの)にて自分を祓う。
このときは、切麻を右手で掴んで先ず自分の左側に降りかけ、また右手で切麻を掴んで次は自分の右側に降りかけ、もう1度右手で掴んで最後にもう1回自分の左側に降りかける。これをすることにより、罪穢れを移して綺麗になった自身の体をお祓いするのである。
次は、参列者から人形を集め、これを祭壇に置いた後、白布を被せる。そして、この白布を八つ裂きするよう破いていく。
これは、人形に移った罪穢れを祓うための儀式となります。大祓詞の中にある「八針(やはり)に取り裂きて」をいう1文があり、これを再現するのである。
その後、大麻(おおぬさ)で人形を祓い、参列者を祓って身を清める。
そして最後に、茅の輪潜りを行う。潜り方には諸説があるが、一般的には左回りにて∞の字に潜っていき、3回潜って終わりとなる。く。このときには、和歌「水無月のなごしの祓する人はちとせの命のぶというふなり」を詠みながらだったり、「蘇民将来・蘇民将来」という言葉だったりと、地域により差がある。
当社では、7月1日の山開き前日であったり、富士講の人々が富士山に登るときに唱えた言葉「六根清浄」を唱えながら潜っていく。
茅の輪潜りが終わると、ここで閉式とするが、集められた人形は神職の手により境内・信しげの滝へと流される。
人形を流すことにより、罪穢れを見ずに流し、真っ新に清めるのである。当社の場合は滝であるが、これは神社の立地的な問題もあり、神社によっては川に流したり、海に流したりするのである。

参列された方々の新しい半年間が、佳き半年であるとともに事故無く無事に過ごせることを祈念するものである。

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プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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