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第3回冨士浅間神社紅葉祭 開催

去る11月14日(土)、当社では第3回となる紅葉祭が開催された。
この祭典・催事は、2年前の富士山世界文化遺産登録を記念して開始されたもので、今回で3回目を迎えた。
もともと当社には秋祭りの類はなく、秋の祭典は11月23日の大祭・新嘗祭だけであった。しかし、これは関係者のみの参列であり特別な催しはないため、地元の方も参加出来る秋の祭典として、企画がなされた経緯がある。

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今回は紅葉祭としては初の試みとして、境内=野外に舞台を設営し、そちらでよさこいや太鼓などの演目を披露・演奏して頂く予定であったが、数日前より天候が優れず、当日の朝から前が降ってしまうという状況となったため、残念ながら舞台の設営は中止とした。
しかし、演目は縮小ながらも社務所講堂で披露して頂き、祭典の賑わいに華を添えて頂いた(詳細は後述)

紅葉祭では、神事として献茶式を斎行する。紅葉祭催事は午後2時からであるが、これに先立って午後1時から関係者御参列の下、斎行された。献茶式は、神様にお茶を供える神事であり、全国の神社でも行われている。当社では、紅葉祭が始まる前から富士山須走口開山式前夜祭にてお世話になっていた裏千家・外川宗博様によりお点前がなされ、今回も濃茶・薄茶が奉献された。
その後、献茶式を受けて野点茶会が午後2時から開催された。こちらも晴天であれば、森の中・あずまやにて行われる予定であったが、生憎の雨天のために社務所ロビーでの開催となった。
しかし、野点茶会への参加者は多く、本年も好評を博すこととなり、改めて外川先生や社中の皆様に深く御礼を申し上げる次第である。

午後2時から開催され、社務所では野点茶会が、境内ではテントが設置され、その中で氏子青年会によるもちつき大会やポップコーン販売、有志の方による食べ物の販売が行われ、お祭りの賑わいに一翼を担って頂いた。
とくに雨に降られてしまったため、その中でテント設営・販売をして頂いたため、改めて御尽力頂いたことに御礼を申し上げたい。

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午後3時からは舞台演目が開演された。本来ではあれば、社殿脇に仮設舞台を設ける予定であったが、そちらは雨のために中止となり、その代わりに社務所講堂にて行われた。しかし、場所が狭いために御迷惑をお掛けしてしまったことにお詫び申し上げつつ、これまでの紅葉祭とは違う、大きな賑わいを持たせて頂いたことに、深く御礼を申し上げる次第である。
演目を披露して頂いいたのは、「よってかっ祭」に参加する楓穴会さん・防人踊り隊さん・木の花咲耶連さん・フルヤ トモヒロさんによるよさいこいの演舞と、YAMATOさんによる歌唱ライブ、ザ・ダイナミックスさんによるバンド・ライブであり、雨のために太鼓演奏は御遠慮頂くこととなった。そのため、今回参加された皆様には予定よりも多くの時間での演奏をお願いしたほか、こちらの段取りの悪さ・不手際から御迷惑とお手数をお掛けしてしまい、深くお詫びを申し上げる次第である。
演目はかなりの賑わいを見せ、よさこいの勢い・ライブの美しさと奥ゆかしさが見事に調律・融合された一幕を迎えることとなった。

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又、同じく午後3時からは恒例となっている縁結び販売・御神酒振る舞いが行われた。
縁結びは、塩おむすびのことであり、縁=塩と掛けている。これは、当社の御祭神・木花咲耶姫命が縁結びの御神徳をお持ちであることから、これにあやかるべく、毎日お供えしているお米・境内の水と薪を利用して用意されるものである。
紅葉祭のほか、神社の祭典の折に何らかの機会で用意しており、いずれも好評を頂いてるために続けている。

午後4時からは、境内のライトアップを行った。境内に備え付けられている大型ライトや燈籠のほか、小山町観光協会手製による竹灯籠のライトアップが行われた。こちらも第1回目から引き続いて行われているものである。とくに竹灯籠は毎年趣向が凝らされており、本年も力作が揃えられていた。本年の竹灯籠は13・14・15日の3日間に亘って行われる予定であったが、本日の14日のみ雨天のため蝋燭が使用出来ないため13・15日のみとなった。

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改めて、本年の感想としては、生憎の雨となりながらも、多くの方の御尽力により開催の運びを迎えたこと、そして足下が悪い中であるにも関わらず、多くの地元の方に足をお運び頂いたことは、本当に有り難く、心より厚く、深く、御礼を申し上げる次第である。
一方で、3回目を迎えて、主催側としても問題点もはっきりしてきた部分がある。この点の改善を目指し、次回以降に繋げていきたいと思う。どのような形を採るのか、まだまだ未定ではあるが、第4回、第5回と、これからも続けていく予定であるので、ぜひ皆様方にも足をお運び頂きつつ、御理解と御協力をお願いしたい次第である。
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プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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