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平成28年 冨士浅間神社例大祭の御報告

【冨士浅間神社 例大祭】
去る、皐月・5月4・5・6日には、当社の年間最大祭典のである、例大祭を斎行・開催した。
改めて、氏子の皆様より選任された25名の祭典委員の皆様はじめ、祭典に参加して頂いた地区の関係団体、生徒・児童の方々にも、神社職員一同、心より深く御礼を申し上げる次第である。誠にありがとうございました。

先ず、4日には前夜祭を午後6時から斎行した。
これは、本日である5日の天候や、参加する方々の安全無事を祈念する祭典である。
この際には、本日5日の早朝より地区中を神輿で練り歩く子供会や、神幸祭の折に富士山神輿を担ぐ青年団の代表なども参列し、担ぎ手の安全も共に祈念する。

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次に、5日・本日(ほんび)には、例大祭・本殿祭を午前10時より、例大祭・神幸祭を午後1時より斎行した。
本殿祭は、例大祭の間にいくつか行われる祭典の中でも最も重要なものであり、この祭典そのものが例大祭なのである。
須走地区はじめ小山町の各関係団体や、近隣の神社またその地区の御代表などにも参列を仰ぎ、社殿の中狭しという満席の中で祭典が行われる。
このときには、神職とともに、氏子の代表である神社氏子総代の当番により、伝供(でんく)と呼ばれる方々により、神饌(=神様へのお供え物)を御本殿の御扉の中まで運び入れ、供するのである。
又、当社には御本殿の扉は3つ、御祭神3柱それぞれの扉があり、例大祭のときのみ、すべての扉が開けられる。
本来の祭典であれば、神饌を供えたら、祝詞奏上・玉串拝礼の後に、神饌を撤することを行うが、この日は神幸祭が午後に控えていることから、撤することはしない。

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神幸祭は、例大祭の間にいくつか行われる祭典の中で、最も華やかかつ人目に触れるものであり、この須走地区最大の催し物の1つといっても過言では無いほどの賑わいを見せる。
陸上自衛隊富士学校音楽隊を先頭に頂き、祭典委員や神職・総代により神輿行列を組み、その後ろを地区の稚児行列、青年団や中学生による富士山神輿、須走小学校金管バンドなどが次々に隊伍を組んで、神社前の須走本通りを進んで行く。
折り返し地点にて御旅所祭と呼ばれる祭典を行い、休憩後に出発のための祭典をして再び神社に上がっていく。
復路では多少参加する団体は減っているが、それでも賑わいを見せて、神賑行事と呼ぶに相応しい様相を見せる。

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尚、本日の夕方からは、演芸の部と称して毎年舞台を設置・演芸が披露される。
今回は、神社大駐車場にトレーラーハウスを用意し、その前に椅子を配したり、少し離れたところに屋台の店舗を置いて、お集まり頂いた方々が見やすく、楽しめることを念頭に準備がなされた。
演芸も、手品や歌謡など幅広く行われ、多くの賑わいの声に包まれながら、終演を迎えた。

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最後に、6日の後日祭では、例大祭や神幸祭などが安全無事・無事故などで円滑に斎行・開催出来たことを感謝するとともに、今後とも祭典委員はじめ須走地区をお守り戴くよう祈念する祭典であり、例大祭最後の祭典となる。

この例大祭は、年によって微妙に内容が違う祭典であり、その塩梅は祭典委員による企画のためである。
皆様方に於かれては、そうした年毎の差異も楽しんで頂きながら、冨士浅間神社の例大祭に触れて頂きたい、そう思う次第である。

尚、本年は不慮の事態により、宮司不在での祭典斎行となり、禰宜が代わって斎主を務めさせて頂いた。
その関係から、不備な点も散在する形となり、当日御参列・御協力頂いた皆様方に対しては、何かとご迷惑をお掛けすることとなった。
最後に、この場をお借りして深くお詫びを申し上げる次第である。
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5月斎行祭典の御報告(例大祭を除く)

【藤原光親卿慰霊祭=按察使(あぜち)祭 御斎行】
去る5月27日、静岡県と山梨県の県境、矢筈山・篭坂峠に於いて、鎌倉時代の公卿・藤原光親の495回目となる慰霊祭を現地付近にて、区長会主催・氏子会世話人により準備が進められ、小山町・須走の各関係団体様御参列の下、恙無く斎行された。
かつては、慰霊碑のある場所まで約30分をかけて登り、そこに祭壇等を設置して現地で斎行していたが、諸般の事情により少し前より慰霊碑から下った場所に築かれた石塔のある広場にて、現在は遥拝形式にて斎行している。
当日は予てより雨天の恐れがあったが、幸いにも雨は明け方までには上がり、問題無く現地で斎行することが出来た。この祭典は区長会主催ではあるが、地元の人が有志で加入する当社氏子会の会員が輪番にて世話人を担当することになり、本年も5名の方に御助力を頂いた。この場をお借りして、改めて深く感謝を申し上げる次第である。

藤原光親卿は、按察使と呼ばれる朝廷の官職に就いた方で、仕事の内容は主に地方行政の監督である。
卿が生きた時代は朝廷ではなく鎌倉幕府の治世であり、討幕を企てた後鳥羽上皇(いわゆる承久の乱)の側近の1人であった。
卿は討幕は時期尚早を諌言を申し出たが聞き入れられず、勅命(天皇からの命令)として当時の幕府最高権力者、執権・北条義時の追討のための宣旨を草案した。
尚、後にこの事実を知った義時公は、聡明な人柄なども合わせて、その死を深く嘆いたとされる。
承久の乱では幕府に敗北し、卿は捕えられる。その後、京都へ護送中に、矢筈山にて処断されたと伝えられる。
当時より地元の人によって厚く供養・慰霊がされ、その遺髪は小山町内のある寺院に納められいる。
明治期に地元有志により慰霊祭が執り行われることとなり、以後現在に至るまで5月27日を当り日として祭典が行われている。

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3月斎行祭典の御報告

【祖霊社 春分祭・合祀祭 御斎行】
去る3月20日、祝祭日・春分の日の午前9時には、祖霊社にて春分祭と合祀祭を、合祀遺族参列の下、滞り無く斎行した。
春分祭は、二十四節気の1つ・春分=春の彼岸に際し、自然=神様を称え、生物を慈しみ、祖先に思いを馳せることを趣旨とする祭典であり、全国の神社でも斎行されている。
当社では、祖霊社にて斎行した後、神職により社殿=冨士浅間神社としても斎行をする。
春の合祀祭では、氏子様の中で秋の彼岸からこの日までに亡くなられ、そのうち神葬祭かつ五十日祭を終えた御霊を、祖霊社に合祀して、ほかの氏子様とともに地域をお守り頂くためにお鎮まり頂くための祭典である。
春・秋の年2回行われ、合祀される御遺族の御参列の下、斎行することが習わしとなっている。
当日は天候が心配されたが崩れることなく、無事に執り終えることとなった。

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【須走護国神社 春分祭 御斎行】
上記同様に春分の日であった去る3月20日の午後1時には、須走忠霊奉賛会(=地元区長会)主催による、当社隣接の須走護国神社(区長会管理)春分祭が斎行され、当社より宮司・禰宜が御奉仕した。
まだ冬の寒さが残り3月のため、例年春分祭は当社社務所の講堂にて、遥拝形式にて祭典が斎行される。
当日は、お祀りされている方のそれぞれの遺族様や須走地区関係団体の皆様の御参列の下、諸事恙無く執り納められることとなった。
この折、忠霊奉賛会より地元団体様のお力添えの下、今夏には須走護国神社の境内参道整備・車イス用スロープ設置・鳥居取り替えが行われることの報告があり、遺族会よりも祭典また工事に対しての謝辞が述べられた。

尚、須走護国神社には明治・西南戦争から昭和・大東亜戦争までに戦没された、須走出身の御霊、英霊二十五柱を祭神として祀られており、春・秋の彼岸に際し、現地または当社社務所講堂にて例祭としての春分祭・秋分祭が例年斎行されている。
ちなみに、当社=冨士浅間神社の末社ではなく、あくまで地元区長会や遺族会の皆様によって管理がされている神社であるため、祭典時には形式上、依頼を受ける形で当社神職が出向・奉仕をさせて頂いている。

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プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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