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冨士浅間神社 節分祭を御斎行

去る2月3日、節分となるこの日には、当社の氏子青年会(氏青)毎年の恒例事業として、氏青主催により節分祭が斎行・開催された。
当日はまだ雪も残っており、氏青の方々により節分祭の準備と並行して除雪作業などが行われた。
御礼を申し上げる次第である。
節分はいわゆる旧暦の大晦日にあたり、翌日の立春を新しい年の始めとするものであり、日本古来からの民俗的風習である。新年(立春)の前日(節分)に豆を撒いて邪気を祓い、清らかな状態で新年を迎えるというものである。
尚、皆様御承知の通り、現在は暦が違うために二十四節気などと同様にズレているのである。

当日の午後4時半から、先ずは社殿にて祭典を斎行した。
氏子から選出された年男・年女の方、神社総代、氏子青年会の御参列の下、厳粛かつ滞りなく斎行された。
そして、午後5時からは社殿前にて福餅撒き・福菓子撒き・豆撒きが開催された。
社殿前には開始時刻前から子供を中心に多くの参拝者が集まり、いまかいまかとその瞬間を待っていた。
定刻になり、年男・年女皆様のそれぞれの挨拶が終わったのち、盛大に開催された。
当初は休憩を挟む予定であったが、予想以上に多く撒き過ぎたため、そのまま続けるというハプニングがあったものの、全体としては円滑に実施された素晴らしい節分祭となった。

又、この節分の日には、氏子の家の御代表の方が神社にお参りし、社殿や末社などに豆を撒き、「鬼は外・福は内、鬼の目をぶっつぶせ」などを各々声をあげながら、神社の清浄を祈念する風習がこの須走地区にはあり、本年も多くの方に豆をお撒き頂いた。

改めて、御奉仕頂いた氏子青年会の皆様、当日御参列頂いた年男・年女の皆様、神社にお参り頂いた皆様の今年1年の御多幸御隆昌を御祈念申し上げたい。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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