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平成27年 夏越大祓を斎行

【夏越大祓 斎行】
去る6月30日、当社では夏越大祓を斎行した。
これは、1月から6月までの半年の間に、自身が知らず知らずのうちに犯してしまった罪や穢れ(気枯れ)を祓い、翌日7月1日からの半年間を無事に過ごせるようお祓いするための神事である。
全国では多くの神社で斎行されるほか、神社によっては当社と同じように茅の輪を作り、これを∞の字に潜り抜ける「茅の輪潜り」も合わせて行う。

当日は、氏子総代や氏子青年会のほか、多くの一般の方に御参列頂いた。
式の流れは、先ず神職・氏子総代・氏子青年会の神社関係者のみで社殿にて祭事を斎行する。
その後、神事を執り行うべく神門下に設置された茅の輪の前まで移動する。
茅の輪の前で、先ずは大祓詞を参列者に向けて奏上する。これは、自身が身を清めるために奏上する祝詞であるため、神様の方向を向かずに、自分たちに言い聞かせるべく神職は参列者の方向を向いて奏上するのである。
大祓詞奏上が終わると、次は人形の儀である。
これは、参列者に配布された人形(ひとかた・人の形をした半紙)を持ち、全身を撫でる。このとき、とくに気になる箇所(例えば、右ひじが痛むなら右ひじ)を重点的に撫でたりして、終わったら人形に息を3回吹き掛ける。これにより、人形に自分の罪穢れを移すのである。
そして引き続いて、切麻(きりぬさ・神社で使うお祓いの道具、麻紐や半紙を細かくちぎったもの)にて自分を祓う。
このときは、切麻を右手で掴んで先ず自分の左側に降りかけ、また右手で切麻を掴んで次は自分の右側に降りかけ、もう1度右手で掴んで最後にもう1回自分の左側に降りかける。これをすることにより、罪穢れを移して綺麗になった自身の体をお祓いするのである。
次は、参列者から人形を集め、これを祭壇に置いた後、白布を被せる。そして、この白布を八つ裂きするよう破いていく。
これは、人形に移った罪穢れを祓うための儀式となります。大祓詞の中にある「八針(やはり)に取り裂きて」をいう1文があり、これを再現するのである。
その後、大麻(おおぬさ)で人形を祓い、参列者を祓って身を清める。
そして最後に、茅の輪潜りを行う。潜り方には諸説があるが、一般的には左回りにて∞の字に潜っていき、3回潜って終わりとなる。く。このときには、和歌「水無月のなごしの祓する人はちとせの命のぶというふなり」を詠みながらだったり、「蘇民将来・蘇民将来」という言葉だったりと、地域により差がある。
当社では、7月1日の山開き前日であったり、富士講の人々が富士山に登るときに唱えた言葉「六根清浄」を唱えながら潜っていく。
茅の輪潜りが終わると、ここで閉式とするが、集められた人形は神職の手により境内・信しげの滝へと流される。
人形を流すことにより、罪穢れを見ずに流し、真っ新に清めるのである。当社の場合は滝であるが、これは神社の立地的な問題もあり、神社によっては川に流したり、海に流したりするのである。

参列された方々の新しい半年間が、佳き半年であるとともに事故無く無事に過ごせることを祈念するものである。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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