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大東亜戦争終結70年 洋上慰霊祭参列の御報告

去る9月28・29・30日、大東亜戦争終結七十年洋上慰霊祭実行委員会主催による洋上慰霊祭に、当社権禰宜が参列した。
権禰宜の前の職場関係の御縁から、今回参列する機会を得ての参加となった。

今回の慰霊祭では、客船「ぱしふぃっく・びぃなす」を貸し切り、3日間の船旅となる。
この船旅の肝は、戦艦大和はじめ菊水作戦・沖縄水上特攻で散った第二艦隊戦没者の慰霊や、対馬丸などの民間人輸送に使われた船で轟沈されてしまった慰霊・供養をするべく、洋上で祭典をするということであった。
とくに、慰霊祭は戦艦大和終焉の場所・坊ノ岬沖で緯度経度も合わせて斎行された。

当日は台風の影響もある上に、経路上は台風に向かって移動していたため、結果的には台風にもっとも近くなる2日目=祭典日が雨風の影響を直に受ける形になりました。
とはいえ、祭典は残念ながら船内大ホールで斎行されたが、海への献花の際には天候が回復し、晴れ間も見える中で実施され、安堵した所存である。
尚、慰霊祭は神式と仏式の2つが予定され、神式は神社神道(神道政治連盟大阪府本部)、仏式は念法眞教教団により執り行われた。

慰霊祭以外の行程としては、講演会や落語、ミニライブなどが行われた。
尚、客船「ぱしふぃっく・びぃなす」は、普段は世界のあちこちを回るいわゆる豪華客船であり、カラオケはともかくプールなども備え付けられていた。 
講演では、靖國遊就館の方による戦争体験の伝承」や産経新聞記者による「特攻隊遺族の話」、久野大学講師による「艦内神社」についての内容であり、戦前・戦中についての習俗や一般的な感性などの知識を得る機会となった。

催事の中で印象に残っているのは、山口采希さんという女性シンガーソングライターである。 
五箇条の御誓文や教育勅語を使用した歌詞や気持ちが伝わる歌い方のほか、なにより軍歌が好きというのが驚く上に、かなりの歌唱力であった。軍歌については、大好きだったおじいさんが良く歌っていて、それで自然と覚えたとのことである。

結びに、とくに神社Facebookや社報「不二山」でも何度もお知らせしている通り、皆様も重々御承知であることとは存じますが、大東亜戦争終結70年の折、どうか地元都道府県の護国神社、そして可能であれば靖國神社にお参りして頂き、現在日本の礎となった戦渦に散った英霊方に感謝の誠・顕彰の意を表して頂ければ、神社として幸いに存じます。
どうか、宜しくお願い申し上げます。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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