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11月斎行祭典の御報告

【明治祭御斎行】
去る11月3日、当社では氏子総代参列の下、明治祭を午前9時より斎行した。
この祭典は、祝祭日・文化の日に行われるが、元々は明治天皇の御誕生日であり、かつては「明治節」と呼ばれた祝祭日であった。
明治天皇は、明治維新前後の日本国近代化のために先頭となった御尽力された。そうした時代背景を持つ明治時代を念頭に、益々の文化の興隆・発展を祈念すべく行う祭典が明治祭である。
全国の神社でも同様の意義を以て祭典が行われている。

【大祭・新嘗祭御斎行】
去る11月23日、氏子総代はじめ地元関係団体様の多数の御参列の下、午前10時より新嘗祭を斎行した。
この祭典は、収穫物を神前に供え、神々に農作物の収穫や五穀豊穣、また地域の諸産業の発展・振興を感謝するための祭典である。2月17日斎行「祈年祭」と対になる祭典であり、いわゆる収穫祭に当たる。
戦前よりこの日は新嘗祭という祝祭日であったが、戦後は名称が「勤労感謝の日」となるものの、趣旨としては大きく変わることなく現在に至っている。
又、例年は農作物の無い地元柄、神前に収穫物を供えることはほとんど無かったが、昨年より地元小学校児童5年生が体験が体験学習により育てられた稲穂が奉献され、本年も先生方や世話人様のお力添えを賜り、供えることとなった。
改めてこの場をお借りして、感謝を申し上げる次第である。
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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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