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3月斎行祭典の御報告

【祖霊社 春分祭・合祀祭 御斎行】
去る3月20日、祝祭日・春分の日の午前9時には、祖霊社にて春分祭と合祀祭を、合祀遺族参列の下、滞り無く斎行した。
春分祭は、二十四節気の1つ・春分=春の彼岸に際し、自然=神様を称え、生物を慈しみ、祖先に思いを馳せることを趣旨とする祭典であり、全国の神社でも斎行されている。
当社では、祖霊社にて斎行した後、神職により社殿=冨士浅間神社としても斎行をする。
春の合祀祭では、氏子様の中で秋の彼岸からこの日までに亡くなられ、そのうち神葬祭かつ五十日祭を終えた御霊を、祖霊社に合祀して、ほかの氏子様とともに地域をお守り頂くためにお鎮まり頂くための祭典である。
春・秋の年2回行われ、合祀される御遺族の御参列の下、斎行することが習わしとなっている。
当日は天候が心配されたが崩れることなく、無事に執り終えることとなった。

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【須走護国神社 春分祭 御斎行】
上記同様に春分の日であった去る3月20日の午後1時には、須走忠霊奉賛会(=地元区長会)主催による、当社隣接の須走護国神社(区長会管理)春分祭が斎行され、当社より宮司・禰宜が御奉仕した。
まだ冬の寒さが残り3月のため、例年春分祭は当社社務所の講堂にて、遥拝形式にて祭典が斎行される。
当日は、お祀りされている方のそれぞれの遺族様や須走地区関係団体の皆様の御参列の下、諸事恙無く執り納められることとなった。
この折、忠霊奉賛会より地元団体様のお力添えの下、今夏には須走護国神社の境内参道整備・車イス用スロープ設置・鳥居取り替えが行われることの報告があり、遺族会よりも祭典また工事に対しての謝辞が述べられた。

尚、須走護国神社には明治・西南戦争から昭和・大東亜戦争までに戦没された、須走出身の御霊、英霊二十五柱を祭神として祀られており、春・秋の彼岸に際し、現地または当社社務所講堂にて例祭としての春分祭・秋分祭が例年斎行されている。
ちなみに、当社=冨士浅間神社の末社ではなく、あくまで地元区長会や遺族会の皆様によって管理がされている神社であるため、祭典時には形式上、依頼を受ける形で当社神職が出向・奉仕をさせて頂いている。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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