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【東口登山紹介3】登山

過日、当社禰宜が行いました、須走口での富士登山に際し、各所をtwitter・Facebookにて御紹介・御案内させて頂きました。
今回のブログでは、これに関連する記事を一昨日より3日間に掛けて更新させて頂きまして、今回が最後となります。

1回目では頂上を、2回目では須走口下山に関する情報を御紹介させて頂きました。
最後となる今回は、登山の肝であります登山・登り(上り)について御紹介させて頂きます。

出発の際には、神様に登山の安全無事を祈念するべく、先ず東口本宮冨士浅間神社すなわち当社をお参り致します。
これは、当社が須走口の起点であるとともに、この浅間神社の神様が須走口の守り神であるからです。
そして、不二山鳥居からの参道とは別に、社殿前から左に延びていく道があります。いまでこそ裏参道を呼んでおりますが、この道が登山道の一部であり、かつてはここから五合目に至る道がありました。
現在は、ふじあざみラインと呼ばれる道路の整備により、山道の登山道は使われておらず、特定も難しいのが現状です。
そのため、神社上の宮上駐車場または道の駅すばしりからのバスに乗り、須走口五合目へと向かいます。
ここで注意なのは、開山期間は基本的にマイカーで五合目へ行くことが出来ません。先述したバスまたはタクシーなどの公共機関でしか行けませんので、御注意下さい。

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バスで五合目に着きますと、すぐに山小屋・菊屋様、東富士山荘様が見えます。高地になれるために、こちらで休憩しましょう。
又、不足な装備などがある場合には、ここの山小屋様のほか、道中の山小屋様も利用していきましょう。無理は禁物です。無理と油断は表裏一体ですので、迂闊なミスが遭難などの危機を招きます。

30分から1時間かけて体を慣らしましたら、いよいよ出発です。
山小屋様の前の道を上がっていくと、県庁で管理する小屋が見えます。
環境保全のたえの協力金、いわゆる入山料が徴収されます(1000円)
基本的には自由ですので、趣旨が理解出来ない場合には無理して協力する必要はありませんが、富士登山をより多くの人に楽しんでもらいたい、また自分が富士登山するときのために協力したい、などのお心があれば、納められてみてはいかがでしょうか。

ここを抜けると、小さい案内板があります。山頂方面のほか、小富士と呼ばれる場所に向かう遊歩道があります。
小富士については機会を改めて紹介させて頂きますが、5月=10月末までは五合目の山小屋様は開いており、小富士への散策をされる団体の方も少なくありません。機会があれば、ぜひお伺い下さい。

看板からの階段を上がっていくと、当社の末社・古御嶽(古御岳とも)神社が鎮座しております。こちらの神様も須走口の守り神でありますので、改めて登山の安全無事を祈念すべく、参拝しましょう。
尚、かつて二合目にあった雲霧神社、四合目にあった御室浅間神社が現在ではこの古御嶽神社に合祀されております。

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ここからしばらくは、森林の中の登山となります。とはいえ足場が悪いですので、一歩一歩気を付けて上がりましょう。
又、無理に登るよりは適度かつ細目に休憩をとることが大事であり、結果として早く進むことにも繋がります。目安としては15分歩いたら5分休憩などです。

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次の目安は、六合目・長田山荘様です。別名しゃくなげ山荘とも呼ばれ、シーズンには多くのしゃくなげが咲き誇っております。
ここを出発しますと、だんだんと森林が低くなっていきます。森林限界2700mに入り、樹木が大きく成長出来ないためです。

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次の目安は、本六合目・瀬戸館様です。山小屋の奥のほうに、当社の末社・胎内神社が鎮座します。例祭は8月15日に、古御嶽神社前にて遥拝形式で行います。そのため、普段は山小屋様にて管理されておりますが、今回の登山の際には御供物(米・酒・塩・水)をお供えし、大祓詞を奏上致しました。
胎内とは体のことであり、富士山の中という意味です。北口にもやはり胎内と呼ばれる霊場があり、富士講の修行の地であります。
胎内という言葉の通り、社などはなく鳥居と胎内=穴があるのみです。
ここを出発しますと、森林と呼ぶものは無くなり、点々と草が生い茂るのみです。

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次の目安は、七合目・大陽館様です。
カレーが著名であり、幾度なく目されております。又、須走の方が経営されている山小屋でもあります。

しばらくは、点々の草が茂る景色が続きますが、だんだんと景色が変わっていく様子を楽しめるのも、須走口の魅力の1つです。

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次の目安は、本七合目・見晴館様です。
ここから先は勾配もきつくなってきますので、しっかりと休憩をとりましょう。

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ここから先の目安はそれぞれ、八合目・下江戸屋様、本八合目・胸突(上)江戸屋様、八合五勺・御来光館様となります。それぞれの歩く時間は目安として1時間もかかりませんが、八合目からは吉田口と合流するため、人の数が多くなります。ペース配分が乱れがちになりますので御注意下さい。

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八合目群を抜けていきますと、九合目に当社末社・迎久須志之神社が鎮座します。このあたりは胸突=急峻な勾配という言葉の通り、場所が見えていてもつづら折りに登るためになかなか着かないという焦りが生じます。
が、我慢して登りましょう。ここまで来ても、焦りは禁物です。

この迎久須志之神社は、約10年ほど前までは神社兼山小屋として機能しておりましたが、山崩れほか様々な事情があり、現在では閉鎖しております。
例祭も本来は8月15日ですが、8月17日に古御嶽神社前より遥拝形式にて斎行しております。
今回の登山の際には、胎内神社と同様に、お供え物をした後に大祓詞を奏上致しました。
年々荒廃が進み、対応策が急がれますが……。

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ここを超えてば、本当にもうひと踏ん張りです。
ほとんど草のない岩場を抜けていき、富士山山頂という環境の厳しさを目の当たりにしながら歩いていくと、直に一対の狛犬そして鳥居が見えて参ります。
ここが、須走口頂上の目印となります。
そして、ここを潜れば、頂上に鎮座する、浅間大社の東北奥宮・久須志神社が目に入ってきます。
しかし、見れば終わりではありません。無事に登頂出来たことを神様に感謝致しましょう。

尚、久須志神社と迎久須志之神社の関係性については、申し訳ございませんが私は深く存じません。
ただ、祭神は同じ大己貴命と少彦名命です。
かつては下山道専用であったとも言われる須走口にあって、頂上に鎮座する神様をお迎えする神社・場所という意味であったとも言われております。


いかがでしたでしょうか?
最後の回がだいぶ長文となってしまい、申し訳ありませんでした。
ただ、今回の3つの記事を読んで頂ければ、おおよそ須走口について知って頂けるものと存じます。

申年御縁年の今期は残すところ半月余りであり、いまからは予定は立てづらいものと存じます。今年に限らず、これから先の夏山の時期に富士山へ、出来れば東口=須走口から登って頂ければ幸いであります。

皆様が御検討される中で、今回の企画がその一助となれば幸いであります。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
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プロフィール

富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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