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7月斎行祭典の御案内

【開山奉告祭・心願成就祭 御斎行】
去る7月1日、富士山須走口本来かつ旧来の開山日であるこの日には、氏子総代・地元小中学校御代表の参列の下、開山奉告祭、合わせ、心願成就祭を斎行した。

開山奉告祭は、10日に控えた開山に際し、神様にその奉告を行い、登山者や山小屋の開山期間中の安全無事を前もって祈念する祭典である。
内容としては、開山式と重複するが、本来の開山式であるこの日に同様の祭儀を行うことで、神社の地域や歴史的役割である文化・伝統の護持を実践した。
合わせて斎行する心願成就祭は、本年で3回目の斎行となる。
開山奉告祭また七夕に合わせ行う祭典であり、縁起の佳い五色の布短冊に、不二=二つと無い、いま自身が一番に頑張りたいことを記入し、それを神前で祓い祈願する祭典である。
事前に、社殿前の竹笹には、地元保育園・幼稚園の園児らが自分たちで短冊を吊るし、小中学校の児童生徒については参列した御代表が当日に全校の人数分の短冊を持参した。

本年は、富士講の流れを汲む「冨士教」様にも御参列・御協力を賜り、参進の際には法螺貝・奉唱が行われ、神事に更なる厳かさを添えて頂いた。
この場をお借りして、改めて深く感謝を申し上げる次第である。

祭典終了後に、神社職員の手によって竹笹へ吊るす。
七夕の翌日(7月8日)以降には、社殿欄干廻りに吊るし場所を変え、8月31日=本来の閉山日まで神前に供えている。
尚、不二短冊は8月30日まで社務所・休憩所にて初穂料100円にて頒布しているので、興味のある方にはぜひ御覧頂きたい。

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【富士山須走口開山式 御斎行】
去る7月10日には、小山町観光協会主催により、多くの関係団体様御臨席の下、恙無く斎行した。
祭典の要旨は、先述の開山奉告祭に重複するので省略するが、登山に関連することの安全のための祭典である。

祭典は、神社祭式で言うところの中祭式に分類され、社殿内の扉を開けて執り行う祭典となる。
又、式次第では富士山遥拝があり、社殿内ではあるが、このときには神職・参列者は富士山の方角を向き、一礼=一拝を行うことが、1つの特徴である。

又、祭典の先立ち、「富士山まつり」として地元小学生で作られた富士山神輿や金管バンド、富士学校音楽隊など、パレードの催しも行われる。
これと合わせ、須走旅館組合では往年の富士講の恰好に扮し、パレードに同行する。
パレードは神社入り口前で終了となるが、富士講集団はそのまま境内を参進し、社殿前にて神職よりお祓いを受ける。これも富士講さながらのものである。
この後は、富士山須走口五合目・古御嶽神社まで移動・参拝をして終了となる。

各登山道ではそれぞれ違う内容の開山式・開山行事が行われているので、ぜひ見比べて頂きたい。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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