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平成28年 富士山須走口について

【平成28年 登山者名簿について】
開山奉告祭を斎行した7月1日から、閉山奉告祭までを行った8月31日までの間、当社社殿脇に設置した「富士登山記念名簿」に登山者として記入して頂いた方の数の合計は、365名(9月10日までだと379名)であった。
昨年は440(456)であり、ここ5年で初めて400人を切る結果となった。

静岡新聞でも触れられていたが、須走口全体の登山者数は前年比の13.7%減=1万8487人であった。
ただ、5.5合目では昨年よりも増の結果も出ており、頂上まで行かずに、六合目あたりで引き返す散策登山の方が多かったのかもしれないと推測するところである。

山仕舞い前に聞いたところでは、須走口のみ登山者が減少しており、富士宮、御殿場、吉田・河口湖の他ルートでは軒並み増加となっているとのことだった。
須走口独自の魅力については、以前の東口登山記事やFacebookなどを通じて当社でも発信をしているところであるが、地元の人からは、魅力よりも体制に問題があるのではないか?と指摘する声も決して少ない。
一見すると、マイカー規制は実施している登山道すべてにマイナス影響を与えているように思えるが、実施している須走・富士宮・吉田では須走だけが減少しており、そこにはバス会社だけでなく、行政や麓の方々の努力によって活路を見出している方策が散見される。詳細については省くが、例えば、マイカー規制に際して、麓の旅館で1泊した人には旅館組合等で借りたバスで送迎し、また車も旅館ホテルに止めて置けばお金がかからない、などのことである。このことは結果的に、弾丸登山を防止することにも繋がり、さらには麓の旅館の活気づけにも一役買っていると思う。
須走口に足りないのはこうした努力……ではなく、こうしたことを検討する場所・会合であるように痛感する。
当社も須走口適正利用~という会合に出席することはあるが、基本的には事柄について決定を確認するだけの作業に留まっており、また富士山に関わる全ての団体、例えば山内組合が参加しているものではない。そうした方々=登山道関係の方々は方々で、また別の会合を行い、そこで規制等々について決定するのである。

どちらに優劣があるのか、ということではなく、地域一丸となって対策を立てる場がないという点で、少なくとも隣り合う吉田口とは大きく差がついているのである。

又、神社としては、やはり山開きの日として日本全国で認知されている7月1日~8月31日を蔑ろにしてる点も大きいように感じる。文化財等々に詳しい方々・地元の方々からは、本来の日で行うことが、そもそも世界遺産としての使命の1つであると考えており、行政都合での日付変更には意を唱える人は決して少なくなく、この小山町においては少なくとも、この須走口・須走地区は疑問に思っていると言わざるを得ないのである。

文化的・観光的、そうしたさまざま観点と多くの方から意見を募ること、まずはここからスタートして頂き、来年さらには再来年の富士山世界遺産登録5周年に向けての須走口のとして存在感を、発揮させていってほしく思うとと同時に、神社としても富士山という富士信仰の山・浅間神社の聖域についての神明奉仕・伝統護持のために一層努めていかなければならないと思う所存である。

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富士山東口本宮 冨士浅間神社

Author:富士山東口本宮 冨士浅間神社
桓武天皇の時代・延暦21(802)年、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず人々恐れおののいて仕事も手につかない日々が続いた。

依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うために富士山東面・須走の地(現在の社地)に斎場を設け、祭事を行った。

すると、翌年4月初申の日に噴火がおさまった。そして、平城天皇の時代・大同2(807)年、その鎮火祭の跡地(現在の社地)に鎮火の御礼のため神を祀ったと伝える。

当社は、富士山須走口登山道の起点となる「富士山東口(=須走口)本宮 冨士浅間神社」である。
氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬を集めている。

御祭神は、鎮火・子授・安産・子育の女神・木花咲耶姫命。
合わせて、大己貴命・彦火火出見命の2柱を祀る。

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